たしかめるように

たしかめるように。 絶望の淵に立ちなかを覗くと、そこには、当たり前のようにささやかな日常がありました。私は、世界にとって唯の細胞でありたい。

午後5時たち


何のきんぴらかなぁ...

ふわっと香るごま油の匂い。
きっと、どこかのお家の夕ご飯。



おい、そっちいくぞ〜

二つの鳥居をゴールに見立てて
サッカー風なボール遊びをする男の子8にん。



ララーララーラララー

ほっとするドアに手を掛けた瞬間
優しく、そろそろ帰りなよって教えてくれる歌。

もう、帰ってきたよ。


ただいま。



世界中を懐かしくする
肌寒い、秋の、午後5時たち。

はじまりの夕陽と、おしまいの朝陽

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狭間にのぞいた


日常にあるそれを

とるにたらない
きりとるまでもない
あしをとめるほどではない

そうやって
無意識の海に溺れて


先送りと
不健全な保身の灰
履き違えた自己愛

だからといって
違えたという確証はなく


ただ、灰は
煙たいままで

煙たいから
遠くに目をやる
理由になって  

理由のために
煙を焚いている人がいる

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手を伸ばさなくても
届くほど
息のかかる距離にある
息が生まれる場所


そこに、しずむ
どんなときも

そこに、しずむ、ように
息をおとせば

この一瞬を
生きぬける
 

そんなに必死に
煙を焚いて
取りこぼしてしまわないで

最初で最期の一滴を

 

雪やこんこ


昨日の夕方
台所で洗い物をしていると
目の前の半開きにされている窓から

ゆーきーやこんこ
あーられーやこんこ

懐かしい歌が流れてきました。
もう、そんな季節がやってくるのか〜

ふってもふっても
まだふり やまぬ


そんな冬は、来るのかな。

津屋崎で感じる、最後の季節。
締めくくりにどんな景色がみれるだろう。


そんなことを考えながら
昨晩迎えた
大切な2人のお客様

はる屋での
仲間であり
先輩であり
友人であり


宵の宴の残り香が漂う居間に響く
雨の音

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今朝は
あーめーやしとしと
なんて、歌えるかなぁ



そこに愉しい時間があればあるほど
終わると寂しくなるのは、世の常かいね。
人の常かいね。

(雑魚寝しているわたしたち、毛布に包まるのが少し暑いくらいの昨晩の気温に感謝します〜ありがとう。)

うつらないもの



きれいなものを見たとき
美しいものと出逢ったとき
感動する何かが現れたとき

いつから、
写しておきたいと思うようになったのだろう。
残しておきたくなったのだろう。


目の裏に焼き付けるより先に
心の奥に刻み込むより、前に

吸い込みきってもいないうちから
感じきってもいないうちから

レンズを向ける。



夜空に浮かぶ  まっ白くて儚い月に
手を伸ばしたくなって、
夜道を照らす  まんまるくて黄色い月に
平安時代を歩いた人を想って、

その一瞬を
いつまでも手元に残して置きたくなって

ほら
レンズを向ける。

なにも、うつらない。


目の前にそびえ立つ山の迫力も
紀元前から残る遺跡の神秘も
思わず息をのんでしまう夕陽も
涙が出そうになる朝焼けも
飛び込みたくなる透き通った川も
心揺さぶられるあの建物も
身体中の血が沸き立つお祭りも

なにも、うつせなかった。



今夜は、
星が砕かれたように散りばめられて
踏んだらザクザク音がしそうな
いつでも
見返せるように
手元に残したいと思った。


それほどに、
きれいで美しくて、感動したから
大切なひと
ーー愛しい人たちや未来の自分に
贈りたくなる。

誰かに見せびらかしたいという気持ちの日も
あったかもしれない。





でも、
写らないことを憶えたから
手元に残せないことを憶えたから

目の裏に焼きついたことが分かったから
心の奥に刻み込まれたことが分かったから


今夜、
星々を横切って流れるのは
天の川じゃなくて電線で、
その先に広がる世界を見ながら
鼻水を吸って冷たい空気を一瞬忘れた
その記憶は 、
写らないけど  残ってゆくのだと思う。

忘れてしまっても
いつまでも、
ここに残っているのだと思う。




夢中になって眺めていたら
蚊に身体を刺されていた。

3つの赤い盛り上がりが
私の身体に、手元に、残っている。

昭和を描いた邦画の中に

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身を置いているようだった。


ぼくが
目覚めるよりも早くから
眠りについてからも暫く
がさごそと
ひとの気配がある場所。


彼女が濡らした手と頬を
本当のところで、ぼくは知らない。

赤く染まった手と頬を
本当のところで、ぼくは知らない。


ぼくを愛してくれていた彼女を
何度、傷つけただろう。

ぼくを信じてくれていた彼女を
何度、裏切っただろう。


いつも気配があるその場所から
気配がなくなったとき
初めて気がつくのだ。


そこまで分かっていても
ぼくたちが
本当のところで気づけないのは

どうしてなんだろう。




わたしは矛と盾を持っています。


わたしは
矛と盾を持っています。

自分を護るために
大切な人を護るために
人間としてこの世界を生き抜くために
必要な道具なのでしょう。



「否定してはいけない」と
否定している人を否定します。

「断定してはいけない」と
そのこと自体を断定します。

「自分が正しいと思ってはいけない」と
自らに正しさを置いて、語ります。



わたしは
矛と盾を持っています。

自分を護るために
大切な人を護るために
人間としてこの世界を生き抜くために
必要な道具なのでしょう。


世界にも人間にも
完璧など存在しない。
完全など存在しない。

だからこそ、
矛と盾を手にしているのかもしれません。


大切なことは、
「わたしも世界もこの2つの道具を手にしている」
ということに目を向け続け
棚に上げず、心に留め続け

”護るための2つの道具で
何かを傷つけないようにすること”
である気がします。

そうであってほしいと、思います。

怖いこと


記憶を辿れば
どこまで行き着くだろう
どこから始まるだろう

私には、怖いことが幾つかある。


嫌われること
流されること
壊されること
忘れること


対象は
自分に限らず
人間に限らず。

発信者は
他者に限らず
社会に限らず。


いま私は、
忘れることと
向き合っている。



怖いことを
確認できるようになって
認めてあげられるようになって
生きることは、うんと楽になった。

弱さを知って受け入れることが
醜さから逃げずに向き合うことが
理想的でない自分を
否定せずに抱きしめることが
これほど自分を
シンに近づけてくれるものなのだと。



怖いことはほんの一例。

これらは順繰り順繰り
やってくる。

幸せな毎日や恵まれた日々が続くほど
消えてなくなったかのように錯覚する。

ぼやけていく、忘れていく、
そんな怖さが今ここにある。

向き合うことを忘れていないか?
今この一瞬の自分を確認することを
忘れていないか?


プランクトンのように小さく
空気のように軽く
自分が存在することとイコールで
常にあり続けるそれらを
どうも
見失ってしまいがちだ。

「それらを基にして私は生きている」と
いつでも
どんなときも
心が解っていられる状態でありたい。



簡単に人は変われない。
変われたと思っている時点で
何か見失っていることがある。

簡単に人は変わらない。
いつまでたっても
シンとなる部分は彼方から彼方まで
同じかもしれない。

簡単に人は変われない。
しかし、
変わりたいと思った瞬間から
何かが確実に、変わっている。

簡単に人は変わりゆく。
無意識から目覚め気がつくと
まるっきり違う自分になっていて
大切なことを失っているかもしれない。


あっという間で
永い永い時を重ねて
何かが 移りゆく。


...どうであれ
向こうの岸に渡るまで
私は私だ。

変わりゆくものであろうが
変わらないものであろうが
私は私だ。
ということは最期まで同じだと
いまのところ、思っている。






闇は「闇」であるまえから
闇であったのだろうから
ただその定義がされる前の
ただそこにあるそれを
まるごと
捉えていたい。