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吸学のしるし

吸学中の、大学4年生です。キャンパスで学ぶことを休んで、本物の世界から学びを吸いこもうと津屋崎にやってきました。感じるままに、記していきます。

20日が経ちまして。

ここ津屋崎に引っ越してきて、
早くも今日で20日目です。

は、はやい...

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昨日は、海に沈みゆく夕陽を満喫しました。
さらに、この空と海を背景に、歓迎会もして頂きました。ウレシイ...!


こうやって
津屋崎の自然や人とゆっくり触れ合って時間を過ごしている私ですが

「こんなにポヤポヤしとったらいけん!」

という声が、たまに、聞こえてきます。
そしてとても、得体の知れない焦りが襲ってきます。


これまでの20年間で染み付いた
「なにかしなければならない」
「なにかに成らなければならない」
「そうしなければ、価値はない」

という、
誰が決めたのかも分からないけれど正しいような気がして多くの人が従っている生き急ぐ考え方が、波のように押し寄せてくるのです。

一体、何を気にしているのだろう?
一体、何のための私なのだろう?



そうやって波に攫われそうになりながら

心も体も置いて行かずに
「わたし」を一体にして生きていきたい
と、強く思います。


自分でコントロールできる自速で、
自分の歩幅で、しっかりと歩きたい。

ちょっと速めたり、遅めたり
立ち止まってみたり。
たまには、何かの流れに飛び込んでみたり。
巻き込まれてみたり。

望んで飛び込むことは
もしくは巻き込まれていると分かっていれば
それは、しっかり自速なのだと思います。



自分の感覚と感情、
そしてグルグルとした思考や考察を素直に受け入れながら(たまに思考や考察なんて省かれながら)


「動きたい」と内から湧きでる気持ちが
「本物の行動」のような気がします。

取り繕われた行動ではなくて。


もちろん、「動かなければ何も動かない」
のは事実だし、そう感じるけれど、

「行動」だけしかみれないことはとても寂しい。なぁ。

 

自分に対しても
誰かに対しても
うちから湧き上がることを
待つことのできない
受け入れることのできない
疑ってしまう
切り捨ててしまう
加速しすぎた今の「世界」に
少しのゆとり・余裕を取り戻したい。




実はそれが、津屋崎に来た理由のひとつ。

詳しくは、またいつか書きたいと思います。