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吸学のしるし

吸学中の、大学4年生です。キャンパスで学ぶことを休んで、本物の世界から学びを吸いこもうと津屋崎にやってきました。感じるままに、記していきます。

グレーで在ること

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ひとの世界に想うことがあります。

白か黒か
イエスかノーか
0か100か
やるかやらないか
受け入れるか拒絶するか
賛成か反対か
善か悪か
敵か味方か
父か母か
自分か、他人か

なんだかとても極端で、偏ってしまっている気がするなぁと。

「グレーで在ること」を許し合えないほどに、心の余白は、余裕は、喰べられてしまったのでしょうか。


なにかを目指して猛スピードで走るには、
顔にかかる中途半端でバラバラな髪も
食い縛れないガタガタの歯も確かに邪魔かも...

切り落として揃えて仕舞えば、走りやすそうです。
 

では、
知らず知らずのうちに世界が参加している大きなレースの中で切り落とされてきたものは、一体なんなのでしょう。

だれも気づかず、しかし全員気づいていて
密かに、しかし着実に切り落とされてきたものー。


多様で
割り切れず
振り切れず
曖昧で
揺れ動く
ヒト
なのかもしれないと
ぼんやり思い浮かべます。


大丈夫なのに
無理をしなくても

息苦しそうに、もはや脅迫されているかのように走り続ける姿に、そう思います。

だれも
すぐに1つの答えなんて出せやしないのに
他人を責めることなんてできやしないのに

 

決めつけてしまわなくては
不安で不安で仕方ない、いまの世の中。

それを否定することはわたしにはできません。
間違っていると、声を張ることもできません。


けれど願ってやまないことは

本来すべては滲みあい
溶け出していて
そこに重なり合っていることを
汲んでいける
受け入れあえる世界が訪れること。

「偏らない」ことに偏ることも
気をつけなくてはいけません。

 
良くも悪くも、
ひとが想像できることは必ずひとの手によって創造できる可能性があると思っています。



そのために踏み出す一歩。
まずは、 わたしがあなたと。

これが津屋崎にきた理由のひとつ。パート2



備忘録
ひとが、生と死を正反対だと感じてしまうことにひとつの源があるのかなぁ