たしかめるように

たしかめるように。 絶望の淵に立ちなかを覗くと、そこには、当たり前のようにささやかな日常がありました。私は、世界にとって唯の細胞でありたい。

捨てられない女、選べない私


ーなかなか物を捨てられない。

わたしの部屋には
手紙や小さなメモの端くれ、
落書きで埋められたレジュメが
たくさん積もっている。

小さい頃に買ってもらったアクセサリー
ついつい集めてしまうアンティーク雑貨
眺めるだけで満足してしまう文房具に、
写真集的な感覚で買ってしまう雑誌たちの膨大なバックナンバー

ひとつひとつに記憶があって
失うと後悔するかも
なんて思うと、手放せない。


ーなかなか料理が選べない。

わたしの脳内には、
これもそれもあれもどれも
すべての美味しいポイントが
渦巻いている。

レバニラ炒めはヘルシーで健康にいいし
中華といったら麻婆豆腐の辛さだし
甘酸っぱい酢豚はガッツリ食べた感があって
でも炒飯のパラパラ感も楽しい

ひとつひとつに価値があって
得られると意味がある
なんて考えると、決められない。



「絶対に大切だと思うことがあったなら
     それを優先させないと
     本当に大切なことができなくなるよ
     大切なことを失ってしまうよ」

電話から聴こえる母の言葉に
ハッとさせられる。


多くの大切なことは
直感で感覚的に、衝動的に
動いて掴んできたけれど
たまに、なんだか、揺らぐことがある。

ささいなものを
捨てられない
選べない
そんな私が
どばどばっと、出てくる。


もしかすると、
「絶対に大切」だと思うことが
そこになかったということかもしれない。

「大切なこと」が
ありすぎるということかもしれない。

いや、そもそも「大切なこと」なんて
そう多くできるものではなくて
ただ何もかも 捨てられずに選べなくなっているだけなのかもしれない。


一体どれかは分からないけれど
きっと、どれでもあって、どれでもないのだろう。



何はともあれ
すべては自分の意思で選択したこと。
選択したくなければ
選択しなくてもよかったこと。

選択しないということを
選択したのも自分自身。

意味と価値はいつも既にそこに在るけれど
意味と価値を見出すのは自分でしかない。

「なぜ選んだのか」
「なんのためにやるのか」
「その先になにがあるか」


後ろ髪を引かれながらでも、
目の前に向き直ってゆこう〜〜〜!