たしかめるように

たしかめるように。 絶望の淵に立ちなかを覗くと、そこには、当たり前のようにささやかな日常がありました。私は、世界にとって唯の細胞でありたい。

うつらないもの



きれいなものを見たとき
美しいものと出逢ったとき
感動する何かが現れたとき

いつから、
写しておきたいと思うようになったのだろう。
残しておきたくなったのだろう。


目の裏に焼き付けるより先に
心の奥に刻み込むより、前に

吸い込みきってもいないうちから
感じきってもいないうちから

レンズを向ける。



夜空に浮かぶ  まっ白くて儚い月に
手を伸ばしたくなって、
夜道を照らす  まんまるくて黄色い月に
平安時代を歩いた人を想って、

その一瞬を
いつまでも手元に残して置きたくなって

ほら
レンズを向ける。

なにも、うつらない。


目の前にそびえ立つ山の迫力も
紀元前から残る遺跡の神秘も
思わず息をのんでしまう夕陽も
涙が出そうになる朝焼けも
飛び込みたくなる透き通った川も
心揺さぶられるあの建物も
身体中の血が沸き立つお祭りも

なにも、うつせなかった。



今夜は、
星が砕かれたように散りばめられて
踏んだらザクザク音がしそうな
いつでも
見返せるように
手元に残したいと思った。


それほどに、
きれいで美しくて、感動したから
大切なひと
ーー愛しい人たちや未来の自分に
贈りたくなる。

誰かに見せびらかしたいという気持ちの日も
あったかもしれない。





でも、
写らないことを憶えたから
手元に残せないことを憶えたから

目の裏に焼きついたことが分かったから
心の奥に刻み込まれたことが分かったから


今夜、
星々を横切って流れるのは
天の川じゃなくて電線で、
その先に広がる世界を見ながら
鼻水を吸って冷たい空気を一瞬忘れた
その記憶は 、
写らないけど  残ってゆくのだと思う。

忘れてしまっても
いつまでも、
ここに残っているのだと思う。




夢中になって眺めていたら
蚊に身体を刺されていた。

3つの赤い盛り上がりが
私の身体に、手元に、残っている。