たしかめるように

たしかめるように。 絶望の淵に立ちなかを覗くと、そこには、当たり前のようにささやかな日常がありました。私は、世界にとって唯の細胞でありたい。

まずは自分

 

なにかを唱えるとき

謳うとき

 

大切だと思っているから

他者に伝え、

いいことだと思っているから

広めようとするのだろうけど

 

一体、本当に自分ができているか

自問するのを怠りがちだ。

 

 

自問しても

できた気になっているのかもしれない。

わかっている気になっているのかもしれない。

 

晴れの舞台ではない

日常の小さな場面場面で

本当に、できている?

 

「できていない」

「わかっていない」ことに気づいてない。

 

 

自分が日頃語っていること

自分の思想や考えが例えいくら立派でも

自分自身がどうあるか。

 

人は関わり合いや繋がりの中で

あらゆるものと応答し合いながら

生きている。

 

鼻で笑われるくらい

真逆のことを言ってないか?

本質的に、それを大切にできているのか?

きれいごとに、なっていないか?

 

ハッとする。

 

自分を棚に上げていないか。

結局、誰かとおんなじことをやっていないか。

 

 

自分を固く、小さく、したくない。

わかっている気になりたくない。

自分が正解だと決め付けたくない。

閉じこもりたくないし、枠を狭めたくない。

 

いろんな人のこと、世界のこと、

見えなくなってひとりよがりの偏屈と眼鏡で

凝り固まりたくない。

 

 

柔軟で、器があって、

大切なこと大切な人を大切にしながら

朗らかに生きる、

幸せなばあちゃんになりたい。

 

 

まずは、自分。